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仙台高等裁判所 昭和44年(行コ)12号 判決

第一審原告 中川新平

第一審被告 猪苗代町議会

主文

第一審原、被告の本件各控訴をいずれも棄却する。

第一審原告の当審における新たな請求を却下する。

第一審原告の控訴及び当審における新たな請求の追加によつて生じた訴訟費用は第一審原告の負担とし、第一審被告の控訴によつて生じた訴訟費用は第一審被告の負担とする。

事実

第一審原告は「原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す。第一審被告が、昭和四三年三月二九日付で、第一審原告の第一審被告に対する別紙目録(原判決末尾添付の目録と同一)記載の猪苗代町議会会議録(以下「本件会議録」という。)の謄写、及び謄、抄本の交付請求を拒否した各処分はこれを取り消す。(当審における新たな請求として)第一審被告は第一審原告に対し右会議録を謄写させ、かつ右会議録の謄、抄本を交付せよ。訴訟費用は第一、二審とも第一審被告の負担とする。」との判決、並びに第一審被告の控訴につき控訴棄却の判決を求めた。第一審被告は「原判決中第一審被告敗訴の部分を取り消す。第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とする。」との判決、並びに第一審原告の控訴につき「右控訴を棄却する。右控訴によつて生じた訴訟費用は第一審原告の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、次に記載するほかは原判決事実摘示のとおりであるから、これをここに引用する。

(一審原告の主張)

一、本案前の主張

第一審被告議会は、本件の控訴提起自体については議決を経ているが、もともと本件訴訟の第一、二審における訴訟追行を弁護士富岡秀夫に委任するにあたつては、これにつき何ら議決を経ていない。したがつて、第一審被告議会代表者の右弁護士に対する本件訴訟の委任行為は無効であり、右弁護士は本件訴訟の追行につき訴訟代理権を有しない。

二、本案についての主張

1  第一審原告が第一審被告に対して閲覧、謄写等を求めている本件会議録は、第一審被告のもとに保管されている会議録原本である。もつとも、秘密会の議事についてまでその閲覧、謄写等を求める趣旨ではなく、右に請求する本件会議録にはいずれも秘密会の議事は含まれていない。

2  第一審原告が昭和四三年三月二九日付で第一審被告に対してなした本件会議録の抄本の交付請求は、右会議録中、財産区の財産の不当処分に関する部分、ないし第一審原告に関して問題になつた一般質問及び答弁、並びに総括質問及び答弁に関する部分について抄本の交付を求めたものである。したがつて、どの部分の抄本であるか特定していないとの批判は当たらない。

3  第一審被告は猪苗代町住民である訴外松本豊や、同町民でない訴外株式会社小川組福島出張所長永田義一に対しては、会議録原本の閲覧謄写、謄、抄本の交付を許容しておりながら、ひとり第一審原告に対してのみこれを認めない。かかる取扱いは、公平を欠くものであつて、憲法一四条、一五条、地方自治法一〇条二項等に違反し、許されない。

(第一審被告の主張)

1  議会の会議録の原本は、日時の経過によつて議事の内容が不明になるのを防止し、議決内容の公正さを担保し、併せて資料として永久に保存するため、その作成が義務づけられている。右の会議録原本より秘密会の議事及び議長が取消しを命じた発言を削除したものが会議録謄本である。また会議録抄本とは、審議される案件一つごとに部分的に記載したものである。

2  ところで、右の会議録謄本は、議事公開の原則に従つて頒布、公表されている。右にいう「頒布」とは、ある特定の機関あるいは場所を指定して住民一般の閲覧の用に供することである。

また会議録抄本の交付も、第一審被告議会では議長の裁量によりこれを許容することになつている。

議事公開の原則は、会議の傍聴を認めるほか、右のような会議録謄本の頒布、抄本の交付を許容することだけで十分に達せられる。

3  会議録原本の閲覧を許容することが適当でないとすべき実質的な理由は、もしこれが許されると、秘密会における議員の発言が制約され、議員の公正の立場を害する結果となり、また再製のできない原本の永久保存を期しがたい点にある。さらに、地方公共団体にも事務能力の限度があることも考慮されるべきである。

なお、抄本の交付を求めるうえでも、会議録を閲覧することが必要であるとの見解もあるが、議会事務局においては、何々の案件といえば議案の案件は容易に判明するし、また提出議案の目録も備え付けてあるから、これを利用する等の方法により、会議録を閲覧するまでもなく、抄本の交付を求める部分を特定することが容易である。

4  第一審原告の意図は、会議録原本の秘密事項を閲覧することにより、猪苗代町長、猪苗代町議会議員等特定の個人を摘発、攻撃する資料を得るにあり、いわば私憤を晴らさんとするものであり、公共の目的のために住民としての権利を行使しようというものではないから、第一審原告の本件会議録閲覧、謄写等の請求は許されるべきでない。

(証拠関係)〈省略〉

理由

一、第一審原告の本案前の主張について

第一審被告議会は、その代表者である議長津金春雄において委任した弁護士富岡秀夫をして訴訟代理人として本件の第一、二審の訴訟を追行せしめてきたものであることは、本件記録上明らかである。ところで、およそ地方公共団体の議会を当事者とする訴訟において、その議会の代表者として訴訟行為をなす権限を有する議長が、その訴訟追行をある特定の弁護士に委任(受権)するには、とくにこれについてその議会の議決を必要とするものとは解されないから、右議長津金春雄が右弁護士富岡秀夫に本件の訴訟行為を委任するにつき仮に第一審原告主張のように第一審被告議会の議決を経なかつたとしても、それだけで直ちに右訴訟委任をもつて無効なものということはできない。

よつて、第一審原告の前記本案前の主張は理由がない。

二、本案について

1  当裁判所も、第一審原告の本訴請求中、第一審被告が昭和四三年三月二九日付で第一審原告の第一審被告に対する本件会議録の閲覧請求を拒否した処分の取消しを求める部分はこれを正当として認容すべく、また右会議録について第一審被告が第一審原告の抄本交付請求を拒否した処分の取消しを求める部分はこれを失当として棄却し、さらに第一審被告が第一審原告の右会議録の謄写及び謄本交付の各請求を拒否した処分の取消しを求める部分はこれを却下すべきものと判断する。

その理由は、次の諸点を付加するほか、原判決の理由において説示するところと同一であるから、右説示をここに引用する。

(一)  第一審被告は、会議録の閲覧が住民の法律上の請求権として認められる必要がないとする理由の一つとして、第一審被告議会の会議録謄本が一般に頒布公表されている旨主張する。しかし、右の「頒布公表」として具体的にはいかなる方法がとられているかという点については何ら主張・立証がない。もつとも、当審における第一審被告議会代表者本人尋問の結果によると、第一審被告議会では、地方自治法一二三条三項に従い猪苗代町長及び福島県知事に対し会議録謄本を一部ずつ送付して会議の結果を報告する取扱いをしていることが認められるが、しかしこれらの町長及び県知事に送付された会議録謄本が町民一般の閲覧に供される制度的保障が全く存しない以上、右の送付の事実をもつて会議録が一般に頒布公表されているとすることの到底できないことは多言を要しない。そして、第一審被告議会の会議録(謄本)が制度として実際に頒布公表されていることを認めるに足りる証拠は他に存しない。

よつて、第一審被告の前記主張は採用できない。

(二)  第一審被告は、会議録の原本及び謄本を区別して、前者は秘密会の議事や議長において取消しを命じた発言をも含めて記録したものであり、後者はかかる議事や発言を削除したものであるとの前提に立つたうえ、住民一般に対し右にいう会議録原本の閲覧が許されることになると、秘密会における議員の発言が制約される等の不都合が生じ、また永久保存を期しがたいことになるから、住民の会議録閲覧請求権は認められるべきではない旨主張する。しかし、会議録の原本及び謄本なる用語が通常右のような趣旨において用いられているかどうかの疑問を暫らく措くとしても、一般的に住民の有する会議録閲覧請求権も決して無制限な行使が許されるわけではない。すなわち、閲覧の対象の点についていえば、これを会議録の原本にのみ固執すべきいわれはなく、通常の意義における謄本、すなわち原本の内容を同一の文字符号をもつて全部完全に謄写した書面を閲覧に供することで足りることは原判決も指摘するとおりであるのみならず、その会議録の記載のうち、秘密会の議事中とくに秘密を要するものと議決された部分や、議長が秩序維持等の見地から取消しを命じた議員の発言に関する部分は閲覧の対象から除外されるものと解すべきであり、また閲覧の方法の点においても、毀損防止、閲覧秩序の調整、閲覧時間の制限等のための各種の合理的な規制にも服さざるを得ないものというべきである。原判決が「特段の事由がない限り」との限定を付したうえ、第一審被告は第一審原告の会議録閲覧請求を拒み得ないと説示しているのも、右のような趣旨においてこれを理解すべきものである。そうだとすると第一審被告の前記主張は、原審及び当裁判所の是認する住民の会議録閲覧請求権の意義性質を正解しないものであつて、採用しがたい。

そして、別紙目録記載の本件会議録については、前記のような秘密会の議事中とくに秘密を要するものと議決された部分等本来閲覧の対象から除外されるべき記載が含まれていることについては何らその旨の主張立証がないし、また第一審原告の本件閲覧請求に対して、閲覧時間の制限等前記のような閲覧方法の合理的な規制の必要上、これを拒否するを相当とする事情の存したことについても何ら主張立証がないから、第一審被告が第一審原告の本件会議録閲覧請求を拒否した処分は結局違法というほかない。

(三)  第一審被告は、会議録の閲覧をまつまでもなく、議会事務局において係員に尋ね、あるいは提出議案の目録を検討することにより、会議録中抄本の交付を求めるべき部分を特定することが容易である旨主張するが、ときにはかかる方法により右の特定をすることができる場合があるからといつて、会議録閲覧の必要性がさほど軽減されるものとは考えられないし、まして住民の会議録閲覧請求権を否定する根拠とするには十分でない。

また、第一審原告に、第一審被告の主張のように猪苗代町長ら特定の個人を摘発、攻撃する資料を得る意図があつたというだけでは、本件の閲覧請求を拒絶する理由とするに足りないことは明らかであり、他に第一審原告が閲覧の結果を悪用するであろうと認めるに足りる証拠はない。

(四)  第一審原告は、同人が昭和四三年三月二九日第一審被告に対してなした本件会議録の抄本交付の請求は、右会議録中抄本の交付を求める部分の特定に欠けるところがなかつた旨主張するが、第一審原告が右の抄本交付請求にあたり、その主張のような特定をしたものと認むべき証拠は存しない。

(五)  第一審原告は、第一審被告が訴外松本豊、同永田義一に対しては会議録の謄写、謄本の交付を認めながら、ひとり第一審原告に対してこれを認めないのは、公平を欠き違法である旨主張するが、第一審被告が右主張のように第一審原告以外のものに対し文字どおり会議録の謄写、謄本の交付を許した事実があることを認めるに足りる証拠は存しない(成立に争いない甲第一号証の二、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる同第四一号証によるも、右事実を認めるに十分でない。)。よつて、すでにこの点において、第一審原告の右主張は採用することができない。

(六)  当審における証拠調の結果によつても、先に引用することとした原判決理由説示中の認定判断を左右するに足りない。

2  第一審原告は、当審において新たな請求を付加し、第一審被告に対し第一審原告のため本件会議録の謄写をさせ、かつ謄、抄本の交付を命ずる判決を求めている。しかし、司法機関たる裁判所が行政庁(第一審被告議会は本来行政庁ではないが、右のような会議録謄写請求、謄、抄本交付請求拒否の処分に関しては、行政庁の行政処分と同視し得る。)の違法な処分の全部又は一部の取消しの範囲を超えて、積極的に行政庁に対して作為を命ずることは、とくに法の許容した場合を除いて許されないことは、三権分立の原則上明らかであるから、右請求はすでにこの点において不適法として却下を免れない。

三、よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、第一審原、被告の本件各控訴はいずれも理由がないので、これらを棄却すべく、また第一審原告の当審における新たな請求は不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松本晃平 石川良雄 小林隆夫)

別紙目録〈省略〉

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